給食

  • 2013.04.09 Tuesday
  • 11:05
昨日から小学校も始まったそうですが、給食は明日からなんだそうです。
と言っても、給食が始まるのは、2年生以上。
1年生は来週からのようで、お母さん方はあと少しの辛抱でしょうかね。
もっとも、学童保育を利用している場合は、お弁当を持たせるのでしょうから、ホント、早く給食が始まらないかとその日を心待ちにしているのかもしれません。
そう言えば、私の小学生時代って、学童保育なんてものはありませんでしたけど、共働きの家庭の子って、どうしてたんだろう。
祖父母に預かってもらうか、パートってことか、まあ、そんな感じだったのかしらね。
私は、母が自宅で内職してたんで、鍵っ子ではなかったです。

さて、給食と言えば、小学1年生の給食って、6年生が準備してませんでしたか
2学期までだったような気もするし、3学期もやってたけど、最後の6年生が卒業してからの数日は、5年生が担当していたような気もするんですけど。
はるか遠い昔の話なんで、いつまでやってたかは記憶にないですけど、6年生になると、給食当番が、自分のクラスの当番と1年生の当番とがあったことだけは覚えています。

給食って言っても、自治体とかでいろいろと違うみたいで、なんか、お弁当みたいなところもあるそうですね。
ウチの市は、今も変わらず、給食センターで市内の小中学校の給食を賄ってます。
学校では作ってないですね。
保育園は、園に調理室ってのがあって、作ってたけどね。

ウチの夫は、大阪市内の出身なんで、給食は小学校の時だけ。
中学からお弁当って、親大変ですね〜。
その夫、“ソフトメン”を知らなかったのよね。
まあ、給食にも地域性ってのはあるでしょうけど、“ソフトメン”を知らないとは・・・・・・。
あと、給食には牛乳が付いてましたけど、私の時代は、瓶入りでして・・・・・・。
脱脂粉乳じゃないです、さすがに。
でも、なんか薄い感じで美味しくなかった。
雪印の牛乳だったけどね。
なので、たま〜に、三角パックの牛乳とかコーヒー牛乳の時があると、嬉しかったなぁ。
それか、ミルメークが付いている日とか。
ミルメークも地域性があるみたいですけど、知っている人と知らない人、どっちが多いんでしょうね。
あれをね、瓶の牛乳に入れる時はね、いきなり入れると牛乳があふれちゃうから、まず、ちょっとだけ飲んでから入れるんだよね〜。
ちなみに、ミルメークは、名古屋の会社が作っているようなので、今でも普通にスーパーで買えたりします。
さすがに買わないけど、私の子供時代になかった味があるなぁと。
いや、味に種類なんてなかった気がするんだよね。

ところで、給食がある日に学校を休むと、近所のクラスメイトが、パンを持ってきてくれてたなと思いだしました。
給食費、払っているからなんだろうな、あれ。

我が家に子供がいないから分からないけど、最近の給食ってどんなのなんだろう。
アレルギー対応とか大変だよね。
ウチは田舎だからあまりないと思うけど、宗教上の理由で食べられない食物がある子もいるって言うし。
つくづく、なんでも食べられるって幸せよね〜。



高校入試

  • 2013.03.12 Tuesday
  • 11:39
愛知県では、公立高校の入試が始まりました。
昨日がAグループの学力試験だったそうで、今日の朝刊に問題が載ってました。
さすがに、数学とか解き方を忘れてますね。
全然ダメです。
中学3年間の中間・期末テストで、100点を取ったことがあるのが数学だけだったくらい得意だったんですけど、日常的に使わないものは、忘れてしまいます。
赤点ですよ、今やったら。
逆に、ある程度、一般教養的に知識として持っている部分がある社会科なんかは、解ける問題もありますね。
そう言えば、センター試験の問題も掲載されますけど、さすがにウチの夫は、数学や物理は、今でもある程度は解けるようですよ。
仕事的に、使わないといけないものがあるからですかねぇ。
だから多分、高校入試程度の数学は、今でも楽勝なんじゃないかと思います。

私の高校入試は、実はまだ、3教科だったんですよ。
いっや〜、年がばれる〜。
もちろん、今みたいな複合選抜もなし。
高校入試って、昔は3教科だったみたいですよ。
それが徐々に5教科になっていくんですけど、それは都道府県によって違うみたいで、多分、愛知県は46番目とか47番目なんで、ある意味、時代遅れ状態だったようです。
まあ、受験する方は、ラクでいいんですけどね、3教科。
私みたいに、英語がダメで、社会と理科がそこそこって人間にとっては、英語のダメさを社会と理科でカバーできる5教科の方が良かったかもしれませんが、ま、無事に志望校に受かったので、どちらでもあまり関係なかったかも。
私の場合は、自分の学力に見合った所に進学しましたけど(尚且つ、自宅から一番近い普通科高校)、ウチの夫は、自転車で通える普通科高校を選んだそうなので、学力よりは1ランクほど下の学校だったみたいです。
しかしですね、これは“物は考えよう”ってヤツでして、コツコツと勉強するタイプだった夫は、高校でもマイペースで勉強していたそうで、成績は上位だったみたいで、内申点がかなり良かったみたいです。
大学の一般受験で内申点ってさほど影響しないでしょうけど(そもそも実力に見合ったところを受けるはずなので)、推薦入学とかの可能性も広がってくるので、無視はできないですよね。
なので、1ランク下げるっていう考え方は、決して、悪くないんですよ。
それを薦める人もいますしね。
ただ、周りの染まっちゃって、あまり勉強しなくなる可能性もあるので、コツコツ頑張るタイプじゃないとおススメ出来ないかもしれません。
ま、その点、ウチの夫は、帰宅部で時間を持て余してたから勉強してたなんて人なんで、性格的にも向いていたんでしょう。
でも、学校を選ぶ時の優先順位は、あくまでも、自宅から自転車で通える学校だったそうなんですけどね。

少数ではあると思いますけど、希望がかなわない子もいるわけで・・・。
ま、ここが人生の全てじゃないですからね。
後悔しない為に今、頑張る。
頑張ってダメだったからと言って、あきらめずに、次に向かって頑張る。
何よりも、自分の人生だってこと、忘れないでくださいね。
誰かのせいでも誰かのためでもない、自分の人生のためだと言うことを、ね。


制服

  • 2013.03.04 Monday
  • 12:22
公立はもちろん私立も、高校は卒業式を終えたところがほとんどじゃないでしょうかね。
愛知県だと、中学が今週で、小学校は再来週ってところですかね。
大学は、まちまちでしょうけど、袴姿の女学生を見かけるのは、再来週あたりが多いのでしょうか。

ウチの夫の母校の高校は、制服というか、標準服ってのがあって、これがまあ、普通で言うところの制服と変わりないんですけど、高校生が学校に通うのに、あまりに不適切でなければ、私服でも良いということになっていたそうです。

私が通った保育園から高校まで、制服はありました。
イマドキ、市立の小学校で制服ってのは、珍しいかもしれませんが、冬も夏もあったんですよね。
保育園はもちろん、園服というスモックみたいな制服でした。
近頃の幼稚園の制服は、凄いそうですね。
いや何がって、お値段が・・・。
甥は二人とも同じ幼稚園に通ったんですけど、6歳も違うのに、制服を残してあったので、弟の時は、足らない物とかを買い足していましたよ。
お兄ちゃんは、3年間通いましたけど、弟の方は、年中さんの10月末に入園することになったので、1年5カ月しか通わなかったんですよ。
そういう意味でも、お古があって良かったですよ。
制服だって、例えば、冬服だと上着だけじゃなく、中に着るポロシャツも規定服ですもん。
体操服もあるし、通園鞄やらお絵かきとかする時用のスモックとか、もう大変だそうです。

中学高校と、ずっとセーラー服。
中学は、市内でも一番新しい学校でしたけど、時代ですかね、セーラー服で。
逆に高校は、高等女学校からの流れなので、それなりに古いので、やはりセーラー服で。
でもさ、東三河で一番古くからある高校は、ブレザーなんだよね、実は。
公立高校も案外、制服を変えているところがありますが、ウチの高校は変わらないだろうなぁ。
ま、地味ですよ、セーラーでも。
夏服はちょっとかわいいけど。

しかし、セーラー服ってのは、冬が大変で。
寒いのよね。
だから、セーラー服の下に何か着る訳ですよ。
今みたいに、ヒートテックとかないからね。
いや、大変でした。
何か着るって言ったって、襟元とかから見えたらみっともないしさ。
ウチの高校って、冬でもセーラー服の上に何か羽織っちゃいけなかったのよ。
登下校時はもちろん、コートを着ていいことになってたけど、それ以外はダメだったのよね。
暖房もないのにさ。
とにかく、セーラー服は冬が寒くて大変ってことだけは、印象に残ってます。

大学に制服があるところは少ないですけど、就職すると、また、制服を着ることになったりしますよね。
私は白衣でしたけど。
妹も事務服がありましたけど、数年で無くなって、私服になってましたね。
今は、市役所とかも私服ですもんね。
着替えなくていいから、面倒が無くていいかも。
ちなみに、白衣は案外、下着に気を使います。

今のところは、制服を着る予定はなし。
いや、着ろなんて言われても、人生最重量になっちゃっているんで、サイズが・・・・・・。
制服が必要な仕事はやめよう・・・。

ドレミファソラファミレド

  • 2013.02.21 Thursday
  • 12:04
音楽教室って言うんだよね。
全国どこにでもありそうなのは、「ヤマハ音楽教室」かしらね。
個人個人とかで、ピアノ教室とか、カルチャースクール的なところで、ピアノだけじゃなくいろいろな楽器の講座なんかもあるだろうけどね。

まあ、年がばれそうですが(ばれたところで問題もないけど)、私は子供の頃、オルガン教室に通ってました。
週一ですね。
イマドキは、ピアノも電子ピアノが主流ですけど、電子オルガンではなく、電気オルガンでしたね。
グループレッスンでしたけど、6人くらいでしたかねぇ。
教本が進んで行くにつれ、やめていく子もいるので、私がオルガン教室をやめた小学5年になってすぐくらいの頃には、同じレベルの子はいませんでしたね。
多分、そこまでオルガン教室に通っている子も少なかったんでしょう。
教本の値段って物価比例して上がって行くはずなのに、上級向けの教本は在庫があったようで、かなり安かったですね。

さて、そんな私が通っていたオルガン教室は、ナショナルの教室でしてね。
今で言う所のパナソニックですね。
その当時、ヤマハの教室があったかどうか分かりませんけど、少なくとも私の通える範囲にはなかったですよ。

オルガン教室を辞めた私は、オルガン教室の先生が自宅で教えるピアノ教室に転向しました。
なので、本当は辞めたっていうのとはちょっと違いますね。
中学1年の1学期くらいまでは行ってたと思うので、ピアノだけだと2年くらいです。
以前にもこのネタは書いたことがあると思いますけど、オルガンをかなりやっていたので、ピアノは、指慣らし用の“ハノン教本”と“ツェルニー練習曲”の確か30番だったと思いますけど、そこから始めました。
いわゆる、ピアノ教本の基本、“バイエル”はやってません。
バイエルを弾くレベルより上だったからね、ピアノ始めた時は。
私が慣れなきゃいけなかったのは、ピアノの鍵盤の重さだけでしたよ。

ピアノを辞めたのは、部活を早退するのが面倒だったからです。
吹奏楽部でしたから、音楽には関わっていましたけどね。
ピアノはそれからは、趣味程度しか弾いてません。
実家を離れてからは、ほとんど弾くこともなく・・・・・・。
アップライトのピアノでしたけど、今は、妹宅にあります。
しばらく調律もしてなかったからね。

かのヤマハ音楽教室は、大人クラスもあるんですよ。
習うのなら、電子ピアノくらいは買わないといけないでしょうけど。
なんか、習ってみようかとふと、ヤマハ音楽教室のチラシを見て思ったんですけど、よくよく考えてみたら、ピアノの基本はマスターしちゃっていたので、ただ、指が動くように練習して、指が動くようになったら、曲を練習すればいいだけで、別に習う必要もないってことに気が付きましたわ。
えへへ。

実は、少しばかり、楽譜だけは持ってます。
いつか、ボケ防止にやろうかしらね。

Aくん、坊ちゃん事件

  • 2012.08.24 Friday
  • 14:01
さて、前回の話の続き。

ウチの中学では毎年、クラス文集を作ってました。
クラスには、クラスの目標でもある“級訓”とそれに合わせたクラスの歌“級歌”、クラスの旗“級旗”ってのがあって(“級歌”も“級旗”も自分たちで作る)、確か、クラス文集のタイトルも“級訓”でした。
そこにまあ、各々のページで好きなことを書いたり、クラスの思い出とか書いたりして、自分たちで印刷して製本する訳です。
そのクラス文集の中に必ずあるページが、「10大ニュース」。
もちろん、クラスの、ね。
それで、中学2年の時のクラスの10大ニュースで1位になったのが、「Aくん、坊ちゃん事件」。
投票で決めるんだけど、これは断トツの1位でしたよ。

Aくんとは、前回もちょっと書いたけど、後の私の勤め先となる歯科医院の二男坊。
ある国語の授業中のこと。
その日の国語は、夏目漱石の『坊ちゃん」でした。
冒頭の方に、「小学校の2階から飛び降りて腰を抜かした」とかいう文があるんですが、ここを見て、A君が言ったのね。
「2階から飛び降りたぐらいで腰抜かすかぁ?」
そこでBくんが、「じゃあ、オマエやってみろよ」と言いまして、Aくんが「おう、やったる!」となった訳です。
ウチのクラスはその時、2階だったしね。
もちろん先生は止める訳ですよ。
また気の毒に、その時の国語の先生は、産休で不在の先生に替わって臨時採用でやってきていたまだ若い女性教師。
それでまあ、窓枠に手を掛けて飛び降りそうなAくんを必死で止める先生と、そそのかすBくん、引くに引けないAくん、て構図で。
そこを、2階の渡り廊下を来客を連れて歩く校長に見られまして、当然、呼びだし。
Bくんは知らないけど、Aくんは、保護者も呼びだされてましたね。
もちろん、先生も怒られたそうで。
ま、今となっては笑い話ですけどね。
ちなみに、AくんとBくんは、別に仲が悪かった訳でもないですし、これ以降、仲が悪くなったなんてこともなかったですよ。
Aくんも子供の頃から落ち着きなかったからなぁ。
今ではすっかり、いいお父ちゃんですけどね。

夏休みの登校日

  • 2012.08.22 Wednesday
  • 14:07
今日、ウチの地元の小学校は、この夏休み最後の登校日なんだそうな。
って、今って、2回しかないんだって、登校日。
私の頃、小学校は、3回あったけどな。
ちなみに、前も言ったけど、登校日じゃなくて、出校日って呼んでたんだけどね。

さて、中学の頃は、クラス登校日と学年登校日があって(全校登校日も有った気がするけど)、学年登校日は、水泳のクラスマッチ、つまり、学年別クラス対抗水泳大会があったのよ。
それ以外の登校日って(小学生時代を含む)、何していたか、ほとんど記憶にないんだけど、掃除して、校庭の草取りとかさせられていたような気がします。

私が勤めていた歯科医院の院長先生には、息子さんが3人いて、長男と二男が歯科医師に、三男が歯科技工士になったのね。
それでまあ、私が勤務している間に、代替わりして長男が後を継いで、二男は別に開業し、三男も自分の歯科技工所を開いて独立しました。
その二男と私は、小学校から高校まで一緒の同級生でさ。
ちなみに、三男と私の妹も小中で同級生だったんだけどね。
で、私が通っていた小学校って、1学年2クラスしかなくて、2年に1回、クラス替えがあったけど、小学1&2年しか同じクラスになったことなくて(でも2クラスしかないからほとんど関係ないんだけどね、みんな知り合い、友達って感じで)、中学でも2年の時しか一緒のクラスにならなかったわ。
まあ、高校は、理系と文系でそもそもの選択が違ったからね。

その、中学2年の夏の学年登校日にヤツは休んだんだよね。
そう、水泳のクラスマッチの日よ。
なんでかと言うと、「ハワイに行ってたから」。
学校のプールとハワイ。
エライ違いだ。

ところで、中学のクラス登校日の方も実は、ちょした行事があった。
それは、もう一度夕方に学校に集まって、「肝だめし」をするんですね。
なんか、その当時のウチの学校の伝統みたいなもので、どこのクラスもやるんだよね。
もっとも、私は全然、そういうのが怖いと思わない性質で(まあ多少のビックリは有るけど)、驚かすことが楽しかったんですけどね。
今はもう、やってないだろうなぁ。

ああそう言えば、その同級生のニ男坊。
そのクラスメイトだった中ニの時に、ちょっとやらかしちゃったことがあってさ。
その話はまた、後日、気が向いたら・・・。

盆踊り

  • 2012.08.13 Monday
  • 16:01
お盆だね、本番だね。
って、今でもやってるのかなぁ、盆踊り。
小学生の頃は、通っていた小学校で盆踊りがありました。
盆踊りだけに、13〜15日が本番。
ま、それまでに練習日もあったけどね。
それで、本番の3日間に行くと、何かもらえたよ、確か。
お菓子だったり、アイスだったり。
そんなにガッツリ行った記憶もないけど、何度かは行ったと思う。
あれは、誰が主催してたんだろう。
校区の青年団かな。
分かんないや。
それで、まあ、年がばれるけど、踊る曲が、「おばQ音頭」とか「二十一世紀音頭」とかでさ。
でもね、「二十一世紀音頭」の歌詞に、“これから〜、31年経って、この世は二十一世紀”ってあるんだけど、小学生でもさすがにそれくらいの計算は出来るので、「21世紀まであと31年もないぞ」と思っていましたよ。
まさか、もう、あの曲は使わないだろうけど。
それで、ちょっと調べてみたら、一番初期のこの歌を歌っていたのが、佐良直美さんだそうで、それもなんだか時代を感じちゃいましたよ。
で、最近の盆踊りの曲って何かなぁ。
あ、そうそう。
地元の市の音頭があるんだけど、やっぱりあれは、外せないのかしらね。

ツインテール

  • 2012.07.13 Friday
  • 15:28
テレビでだったか、ツインテールが流行っているとか言う話をしてて。
テールがツインで。
ってなんのこっちゃって感じですが、髪型です、ざっくり言えば。
2つに縛るヤツですよ、ぶっちゃけ。
ツインテールって言うと、イメージは、“=子供”ですけど、大人のツインテール的なモノを紹介してましたよ。
とは言え、やっぱり、いい大人、って言うか、おばさんがやるような髪型でもないよねぇ。

さて。
今は立派な()おばさんなワタクシではありますが、モチロン、子供だった時代もあるわけでして、はい。
お子ちゃまの時は、まさに、ツインテールな少女でありましたよ。
毎朝、母に縛ってもらってましたね。
子供にありがちなツインテールでね。
耳の上あたりで縛るという。
それも、髪が長くなると、さらにそのツインテールは、三つ編みツインテールになったのです。
妹も同じでしたね。
それが、小学校に上がる時に、バッサリと切られまして・・・・・・
嫌で嫌で仕方がなかったです。
それから4年くらいたって、また髪を伸ばし始めたんですが、自分で縛るのが母との約束だったので、それ以降は、自分で縛ってましたね。

中学では、校則で、髪が肩に着くくらいの長さから縛らなきゃいけなかったんですけど、それくらいってまさに豚のしっぽみたく短いもので、普通のゴムではゴムが滑って縛れなかったので、泣く泣く、期間限定で輪ゴムでツインテールしてました。

そこら辺りからは、ボブより短くしたことがないですよ。
一番長かったのは、ウエストくらいまで。
さすがに重くて、仕事の時は縛ってましたけど、重すぎて縛っても、その髪の重さで地肌が引っ張られて痛くて、どうにも我慢できなかったので、30cmくらいバッサリと切っちゃいました。

今は、セミロングくらいですかね。
でも、さすがにツインテールは、できません。
ポニーテールです、暑いので。

楽器の運搬って大変なのよ

  • 2012.06.25 Monday
  • 11:05
名古屋に久しぶりに行って、これまた久しぶりに地下鉄に乗ってね。
いや、名古屋に行けば、まずほとんど、地下鉄には乗るけど。
そこで見かけた人。
チェロを背負っていてさ。
女性なんだけど。
チェロは小さくないけど、ケースに入れれば更に一回り大きくなります。
その女性は、普通の背格好でしたけど、背負うと上の方は、彼女の身長くらいはありましたね。
リュックサックのように背負ってました。
弦楽器は、背負っているわよね、大抵。
いやしかし、大変だと思うわ。
2駅で乗り換えのためか、降りて行きまして、2駅分しか乗らないんなら、出入口に近くないと、降りる時も大変だからね。
ちょっと調べたところによると、ケースと合わせて10kgくらいになるらしいですよ。
で、その女性と入れ替わりで、今度はヴァイオリンを背負った女性が乗ってきまして。
まあ、ヴァイオリンならチェロに比べれば、ラクな方でしょう。
それでも、混雑した電車には乗りにくいわよね、多分。

ところで、中高でずっと吹奏楽部だった私。
中学の頃は無かったけど、高校ではコンクールに参加したりしていたので、当然、楽器を持って移動しなくてはいけません。
ウチの部は、しがない県立高校の吹奏楽部だったんで、運搬用の車なんてないのよ。
とは言え、例えば、チューバとか、パーカッション類は、さすがに持てないんで、OBの先輩の協力のもと、運んでもらってました。
ウチの部の顧問、名前だけの顧問だから、ほとんどノータッチだったんだ、活動に関して。
もちろん、指導も無し。
日常的な指導は、部長がしていて、コンクール前になると、厳しいOBの先輩方に連日、ダメ出しを食らうと言う精神的にも肉体的にもハードな状況に追い込まれてました。
いや、実際のところ、コンクールは8月上旬くらいにありましたけど、夏休みに入ったら、毎日、6時間やるのよ、部活。
運動部並みって言うか、文化系の部活で毎日やってたの、ウチの部くらいなもんですからね。
意外とハードなのよ。

で、大きな楽器以外は、自分で持ってコンクール会場に移動しなくてはいけないんだけど、そうだなぁ。
金管楽器で、トロンボーンは、運んでもらったか、自分で持ってたかってとこかな。
木管でも、アルトサックスは、ちょっと無理だったと思う。
クラリネットやフルートは、楽勝。
ちなみに、私はトランペットだったので、自分で運ぶ方・・・・・・。
ずっと持っていると意外と重いんだけどね。
ああ、そうそう。
野球部の応援に行くのもそんな感じ。
もっとも、行くのはトロンボーンとトランペットだけだけどね。
準決勝くらいのテレビ中継が入るところくらいまで勝ち進んだら、部員全員連れていくってのが、ウチの部のルールでしたけど、私が在学中は、ベスト16どまりだったからね。

私立のお金持ち学校とかは、マイクロバスで移動するからいいよね。
ウチは、人間は電車移動よ。
それも大変だったんだけどね。
団体だし。

そういや、そろそろ期末テストだよね。
期末が終わると、コンクールの練習が始まるってのが、いつものパターンだったな。
ついでに、応援部と合同で野球部の応援の練習もしてたけど。
懐かしいな。
トランペット、もう吹けないなぁ、きっと。



遠足

  • 2012.05.30 Wednesday
  • 16:08
GWあたりに小学校の遠足があったそうだけど(雨天延期だったところもあったとか)、中学や高校ももう、春の遠足シーズンは終わったかな。

ところで、中学までの遠足の服装は、体操服だったなぁって思って。
特に、ウチの中学の遠足は、とにかく歩かされたので、体操服で当たり前だよね。
それで、高校の遠足は、制服だったのよね。
制服・・・・・・。
男子は学ラン、女子はセーラー服ですよ、今でも変わらずに。
それで遠足よ。
1年の秋だったか、それで『愛知こどもの国』に行ったよ。
つまらなかったし。
2年の春は、どこに行ったのかなぁ。
秋は修学旅行があるからなかったし。
3年のどちらかで、『リトルワールド』に行ったな。
それももちろん、制服で。
同じ犬山方面まで行くのなら、『明治村』が良かったよ。
でもまあ、そこそこ面白かったわね。
そういや、小学6年の卒業遠足が、『明治村』だったわ。
何にせよ、『リトルワールド』とか、他のクラスで『名古屋市博物館』とか行ってたけど、制服で行くのには、別に抵抗の無いところだったから、気にならなかった。

他校の同級生に聞いた話だけど、そこの制服は、ブレザーなのよ。
そのブレザーの上着を、体側服の上に羽織って、遠足に行ったんだと。
かなり恥ずかしかったらしい。
それにしても、今、考えてみても、妙に中途半端ね。
体操服で行くようなところなら、上着いらないし、制服で行けるようなところなら、体操服を着る意味がわからないし。
ちなみに、行き先は聞いたような気がするけど、覚えてないや。
ただ、歩いたという話は聞いた気がするので、体操服向きの遠足だったのかも。
しかし、何ともヘンな感じで、これを決めた教師は、何を考えていたのかしらね。

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